| 高村薫さん | - 2011/02/22
- AERAに連載中の「平成雑記帳」。
高村薫さんの厳しいストレートな切り口の記事の大ファンです。2/28号の内容にも、思わず「そうやねん!」と大きくうなずいてしまいました。
<記事一部抜粋> ●高度成長時代の遺物をつるし上げるヒーローが喝采を浴びる。 一方で、政治の乱暴さに唖然とするのは少数派なのだろうか。
→→ 最近になって、一部の地方自治体の首長の活躍、もしくは突出、もしくはスタンドプレーが、住民や国民を沸かせるようになった。既存政党への不満と、その既存政党の枠組みのなかでそれぞれに既得権を貪ってきた地方議員、そして市民のための政策の議論どころか、おおむね首長の追認機関となってきた議会への不満に、ここへ来ていささか唐突に火がついた感がある。 〜〜中略〜〜
先の名古屋市長選では、元市長が自身の主張に反対する議会を解散させるための住民投票まで仕掛け、自身の再選と同時に有権者の圧倒的多数で議会の解散が決まるという事態になった。議会が思い通りにならなければ解散させる・・・・・そんな乱暴な政治が21世紀の日本で当たり前のように行われる。このことに唖然とするのは、もはや少数派なのだろうか。 しかし、それでもあえて、大衆人気に乗った首長たちの独断専行は大いに危うい、と言っておこう。仮にその政策がすばらしいものであっても、手間のかかる民主主義の手続きを嫌い、一気に思い通りの政策を実現させようとする発想において、その首長はすでに独裁者なのだ。どんなにすばらしい政策よりも、地方議会の機能を守り、育てることが優先されなければならない所以である。しかし、そういえば管首相も、政策を実現するためにはある程度権力を集中させるほうがよい、という意味の発言をしていたことを思い出す。そこらじゅう、幼い権力志向だらけである。(以上) 宝塚市議会では今、議会基本条例の制定めざしていますが、この高村さんのおっしゃるとおり、改めて二元代表制のなかで首長にきちんと対抗できる「議会」が必要なのだと思います。そのためには議員一人ひとりの資質を向上させて「議会」の機能を強くしていかなければなりません。市民の役に立つ議員になれるよう私も頑張ります。 | |